GREGOR HILDEBRANDT日本初の個展開催

ペロタン東京はこのたび、ドイツ人アーティスト、グレゴール・ヒルデブラントの日本初となる個展「…それでも4月に桜は咲く」を開催します。以下は、本展覧会に際してキュレーターAndreas Schlaegel氏にご執筆いただいたエッセイです。

「…それでも4月に桜は咲く」は、グレゴール・ヒルデブラントの日本で初となる個展のタイトルだ。これは、ドイツのシンガーソングライターであるコンスタンティン・ヴェッカーが1980年代初頭に発表した、あまり知られていない歌の一節である。曲のなかでヴェッカーは、型にはまらない思考をすることや、想像の世界に身を委ねることを阻む些細な悩みについて歌う。しかし、ピアノの旋律が感情 をかき立てるように咲き乱れると、歌は突如として一変する。にわかに桜が花開き、生きている感覚が再び湧き起こり、変化と創造、そして新しい夢への窓が開かれるのだ。
グレゴール・ヒルデブラントが芸術、詩、音楽に対して抱く情熱は、まわりに伝染するように広がっていく。見るもの、読むもの、聴くものを自分に取り入れて文脈づける彼の能力が、作品の厳密で独特な物質的形態に表 われる「つながり」を作り出している。それは 詩的で、可能性 に開かれ、観る者に思考を促すような結びつきだ。私たちが目にするヒルデブラントの作品イメージは、ほとんどの場合音楽との緊密な対話、つまり強調された存在感と顕著な不在という均衡状態のなかで生み出されている。音楽を単純に図解したり、直接的に視覚的 な要素に置き換えたりするのではなく、カセットテープやレコードなど、音楽が録音される素材そのものを用いてイメージを作り出す。そうした素材がもつ物質性、質感、色を存分に活かしつつ、音楽自体を暗示する要素を溶け込ませることもある。《Es ist Juli》(今は7月)(2024年)と《Sommernächte fliegen ohne Hast》(夏夜はゆっくりと過ぎていく)(2024年)のタイトルは、また別のドイツ人シンガーソングライター、クラウス・ホフマンの歌の最初の二行で、ある村の熱狂的な祭での気持ちの高ぶりや空想を歌ったもの。この二作品には、非常に細密なヒナギクの花畑が、ヒルデブラントのトレードマークともいえる手法で表現されている。部分的に接着剤を塗ったキャンバスにカセットのテープを一本ずつ貼り付け、それらを剥がしていくと、接着した箇所にのみテープの磁性層が残る。それがいわばネガのイメージとなり、剥がしたテープを別のキャンバスに貼り付 けると、ネガポジが 反 転したイメージが 出来上がる。ひとつのキャンバスに無い部分は、もうひとつのキャンバスに存在することになる。
ヒルデブラントの作 品 には 個 人 的 な参 照 が入り込 むことも多い。例えば、彼のレコードレーベル「Grzegorzki Records」から過去に出したレコードを重ねて圧縮、成形した円柱型作品。彼がもらったミッソーニのバスローブの色と模様にインスピレーションを得た 《Bonjour Monsieur Grzegorzki》(こんにちは 、グジェグシュキさん)(2025年)は 自画像で、美術史における古典絵画であるギュスターヴ・クールベの《出会い—こんにちは、クールベさん》(1854年)を踏まえたものだ。クールベは、自分のパトロンと同じ目線の高さとなるように自らを描くことによって芸術家の自立を主張し、同時代の芸術家たちに衝撃を与えた。ヒルデブラントの柱状の作品においては、彼を援護しているのは「彼が育てた」アーティストたちだ。
新作が展示室全体を埋め尽くし、展覧会タイトルにもある桜の花をモチーフとして展開する。7、8点あるテープ・ペインティングのシリーズは小型のものが様々なサイズで並び、今回は黒や茶ではなく、驚くほど鮮やかな赤が用いられている。そして他のテープ・ペインティング作品とは異なり、ポジ/ネガの対としてではなく、ひとつで独立して存在している。赤いペインティングの集まる光景は、さながら合奏団が円舞曲「ライゲン」を奏でているようだ。これらの作品は、コンパクトカセットに音を記録する磁気テープ部分の前についている赤いリーダーテープを用いて制作された。長年にわたっ
て収集されたこのテープは、過去の作品からの貴重で希少な断片である(各カセットに使 われるリーダーテープは わずか数センチで、赤いものはとくに珍しい)。このシリーズでは、異なる赤の色合いが探求されており、テープエンドのマークがアクセントになってリズムを生んでいる。カセットにおいて、赤いテープは音楽が始まる前の静寂を象徴している。それは 、指 揮 者 がタクトを上 げてオー ケストラが 演 奏 を始 めようと集 中する、あの瞬間のようでもある。
しかしこれらの作品は同時に、新たな始まりを予感させる。本展のなかで最も小さな絵画作品《The Red Studio》(赤いアトリエ)(2025年)は、アンリ・マティスが1911年に制作した近代美術の傑作で、同タイトルの作品へのオマージュだ。しかし、控えめなサイズであることから、ヒルデブラントが自身のチームとアトリエでの活動を、自虐的に、あるいは皮肉を込めて称賛しているものだと解釈することもできるだろう。このシリーズの別作品《Das Ende der A-Seite ist der Beginn der B-Seite》
(A面の終わりはB面の始まり)(2025年)は、タイトルがシリーズの循環的な性質を示している。あるものの終わりが、新しいものの始まりを告げる。それはダンスなのだ——さまざまな出自をもつ静寂、期待を膨らませる瞬間、音楽だけが生み出すことのできる深い感情のふれあいの後に訪れる静けさ、あるいは、4月に咲く桜の舞い。

GREGOR HILDEBRANDT 【CHERRIES BLOOM IN APRIL】
展覧会会期: 2025年4月3日 – 6月21日
火曜 – 土曜 | 11時 – 19時
住所: 〒106-0032 東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル1F
都営大江戸線・東京メトロ日比谷線六本木駅1a・1b出口より徒歩1分

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